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東京高等裁判所 昭和58年(行コ)63号 判決

控訴人

石渡三郎

外四名

右五名訴訟代理人

上村恵史

会田慎司

米山安則

高井佳江子

右五名補助参加人

横浜市

右代表者市長

細郷道一

被控訴人

北見正一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用中、補助参加によつて生じた分は補助参加人の負担とし、その余は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本案前の主張に対する当裁判所の判断は、以下の説示を付加するほか、原判決理由一の記載(原判決一六枚目表三行目から一九枚目裏一〇行目まで。)と同じであるからこれを引用する。ただし、原判決一九枚目裏五行目から六行目にかけての「請求」は「支給」の誤記であるから訂正する。

控訴人らは、被控訴人は本件一律支給につきこれを違法として監査を求めたにとどまり、その支給を受けた本件管理職員に対する不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権の行使を横浜市当局者が違法又は不当に怠る事実について監査を求めたことはないのであるから、被控訴人が横浜市に代位して控訴人らに対し右請求権を行使するため提起した本訴は不適法である旨主張する。

しかしながら、前記2において認定した事実関係に徴すれば、被控訴人は、横浜市長が同市職員に対してした本件一律支給を含む各手当の支給が違法であるとして、地方自治法二四二条一項の規定に基づき横浜市監査委員に対し、右公金支出行為について監査を求め、当該行為によつて横浜市の被つた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求したものと解すべきところ、同法二四二条の二第一項本文、同項四号によれば、同法二四二条一項の規定による監査請求をした住民は、監査委員の監査の結果に不服があるときは、裁判所に対し、監査請求に係る違法な行為につき、訴えをもつて「普通地方公共団体に代位して行う当該行為に係る相手方に対する損害賠償の請求、不当利得返還の請求」をすることができるものとされている。

したがつて、本件一律支給につき監査請求をし、右請求につき監査委員の監査を経た被控訴人は、横浜市に代位して本件一律支給の相手方である控訴人らに対し、損害賠償又は不当利得の返還を求める訴えを提起することができるのはもちろんである。それゆえ、本訴は監査前置の要件を欠くものではなく、控訴人らの主張は採用することができない。

二請求原因一、二の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

三本件支給の根拠とされた法令についてみるに、地方自治法二〇四条二項は、「普通地方公共団体は、条例で、前項の職員に対し、(中略)特殊勤務手当(中略)を支給することができる。」と規定しているところ、本件給与条例(甲第三号証参照。以下同じ。)一二条一項は、「職員が次に掲げる特殊な勤務に従事する場合には、特殊勤務手当を支給する。(一)身体、生命の危険のおそれがあると認められる業務に従事する場合 (二)健康に有害のおそれがあると認められる業務に従事する場合 (三)肉体的に過度の疲労を伴う業務に従事する場合 (四)精神的、肉体的に不快を伴う業務に従事する場合 (五)業務の能率の維持向上のため特に支給を必要と認められる業務に従事する場合 (六)講師として職員の研修に従事する場合 (七)施設、衛生等の管理者としての業務に従事する場合 (八)その他特に支給を必要と認められる特殊な業務に従事する場合」と、同条三項は、「第一項の手当の種類並びに支給を受ける者の範囲、額及びその支給方法について必要な事項は、規則で定める。」とそれぞれ規定し、これを受けて特殊勤務手当支給規則制定権の委任に関する規則(昭和三一年一〇月二五日横浜市規則第七四号、乙第一号証参照。)は、本件給与条例一二条三項の規定に基づく規則の制定権は、横浜市人事委員会に委任すると規定し、更に右規定を受けて、特殊勤務手当規則(乙第二号証参照。以下同じ。)は、その二条において、特殊勤務手当の種類として、(一)教務手当 (二)衛生管理手当 (三)特別精励手当 (四)税務手当 (五)環境現場手当 (六)指導手当 (七)宿日直医師特別手当 (八)特別業務手当の八種類を掲げ、三条ないし一一条において、右各特殊勤務手当の支給を受ける者の範囲、額及びその支給方法について定めを設けているが、そのうち、一〇条は特別業務手当に関する規定であつて、同条一項は、「別表の所属の欄に掲げる所属の職員が同欄に対応する支給対象又は業務内容の欄に該当する場合には、特別業務手当を支給する。」、二項は、「前項の特別業務手当の額は、別表の支給対象又は業務内容の欄に対応する支給額の欄に定める額とする。」、三項は、「前二項に定めるもののほか、非常災害の場合その他市長が特に必要と認めるものについては、そのつど人事委員会の承認を得て、特別業務手当を支給することができる。」と規定している。

四次に、本件支給の経緯についてみるに、この点に関する当裁判所の認定は、原判決理由三・2(原判決二〇枚目裏九行目から二三枚目裏八行目まで。)に記載されているところと同じであるから、これを引用する。

五右四において認定した事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、横浜市長は、本件支給の必要性の認定に際し、控訴人らの従事した勤務がしばしば正規の勤務時間外、特に深夜に及んだこと、換言すれば、深夜に及ぶ時間外勤務を業務の特殊性として重視し、横浜市人事委員会も右市長の認定を是認して本件支給を承認したものと認められる。

そこで、深夜に及ぶ時間外勤務が特殊勤務手当の支給対象となるかどうかについて検討する。

地方自治法二〇四条二項、本件給与条例一二条一項及び特殊勤務手当規則にいう特殊勤務手当とは、地方公務員法二四条三項の趣旨にかんがみ、かつ、本件給与条例及び特殊勤務手当規則の条文の表現を参酌すると、一般職の職員の給与に関する法律一三条一項に規定する国家公務員の特殊勤務手当と基本的には性質・内容を同じくするものであり、著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務その他の著しく特殊な勤務で、給与上特別の考慮を必要とし、かつ、その特殊性を給料(調整額を含む。以下同じ。)で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員に対し、その勤務の特殊性に応じて支給される手当をいうものと解するのが相当である。

他方、地方自治法二〇四条二項は、普通地方公共団体が条例でその職員に対し支給することができる手当として、前述の特殊勤務手当とは別に時間外勤務手当を掲げており、本件給与条例も、その一四条において、「成規の勤務時間をこえて勤務した全時間に対して、勤務一時間につき第一九条に規定する一時間当りの給与額の一〇〇分の一二五(その勤務が午後一〇時から翌日の午前五時までの間である場合は、一〇〇分の一五〇)を、超過勤務手当として、支給する。」と定めている。

以上のように法律及び条例が特殊勤務手当と時間外勤務手当とを別個の手当として規定していること、正規の勤務時間以外の時間帯における勤務、すなわち時間外勤務の必要性は、あらゆる職種を通じて普遍的に生起し得るものであるから、たまたま時間外勤務が深夜に及んだとしても、他に特段の事情がない限り、それのみでは勤務の環境、形態、内容その他においてその勤務に著しい特殊性があるとはいえないことにかんがみると、通常の深夜の時間外勤務は、超過勤務(深夜の勤務)手当の支給対象となることはあつても特殊勤務手当の支給対象とはならないとするのが地方自治法二〇四条二項及び本件給与条例の建前であり、通常の深夜の時間外勤務につき人事委員会の承認を条件とする市長の裁量によつて特殊勤務手当に属する特別業務手当を支給することは、本件給与条例及び同条例等の委任に基づき制定された特殊勤務手当規則の予定していないところといわなければならない。

もつとも、本件給与条例一八条の二第四項は、「第一四条(中略)の規定は、人事委員会規則で定める者を除き、管理職手当を支給される者には適用しない。」と定めており、横浜市一般職職員の管理職手当に関する規則(昭和三六年四月二五日横浜市人事委員会規則第八号)(乙第四号証参照。以下同じ。以下「管理職手当規則」という。)によれば、管理職手当は同規則別表に定める職にある者に対し、その者の受ける給料月額に職ごとに定める支給割合を乗じて得た額を支給するものとされ、その支給割合は、一〇〇分の二〇、一〇〇分の一七、一〇〇分の一四、一〇〇分の八の四段階に区分されているところ、同規則四条は、給与条例一八条の二第四項の規定による人事委員会規則で定める者として、同規則別表第二に掲げるもの(主として係長、主査相当職にあつて、給料月額の一〇〇分の八の支給割合による管理職手当の支給を受ける者)を指定している。そして、管理職手当規則別表第一及び証人杉本匡の証言(第一回)によれば、控訴人らは、いずれも局長職にある者として給料月額の一〇〇分の二〇の割合による管理職手当の支給を受けていることが認められるから、控訴人らには本件給与条例一四条の規定が適用されない結果、その深夜勤務について超過勤務手当は支給されないものとされていることが明らかである。しかしながら、通常の深夜に及ぶ時間外勤務が特殊勤務手当の支給対象とならないのは、特殊勤務手当の本質に由来するものであつて、右深夜勤務につき超過勤務手当が別途支給されているか否かによつて右の結論が左右されるものではない。また、控訴人らがその深夜勤務につき超過勤務手当の支給を受けることができないからといつて、そのため、控訴人らの深夜勤務が著しく特殊な勤務に該当するということもできない。

控訴人らは、本件管理職員の勤務は多忙を極め、しかもその業務は複雑多岐にわたり、かつ、専門化してその遂行はますます困難となり、その職責は重大化し、これを全うするための精神的緊張や心労は著しく過大なものとなつていた旨主張するが、既に述べたとおり、特殊勤務手当において考慮されるべき勤務の特殊性は、これを給料で考慮することが適当でないものに限られるところ、控訴人らの右主張に係る事情は、本件管理職員の勤務に通有するもので、その特殊性は正に給料において考慮するのが適当であるから、右事情は控訴人らの深夜勤務に対する特殊勤務手当の支給を適法ならしめる事情とするに足りない。

以上のとおりであつて、通常の深夜の時間外勤務につき、市長の裁量により人事委員会の承認を受けて特殊勤務手当に属する特別業務手当を支給することは、その相手方が超過勤務手当の支給対象者である場合はもちろんのこと、超過勤務手当の支給対象者でない管理職である場合であつても、本件給与条例及び特殊勤務手当規則の予定せず、許容していないところであり、控訴人らに対する本件支給は、条例上の根拠を欠く違法な公金の支出と判断せざるを得ない。

六控訴人らは当審において、仮に本件支給が本件給与条例上許されないものであるとしても、本件支給を受けた控訴人らに対し横浜市は不当利得返還請求権を有しない旨、るる主張するので、以下右主張につき判断する。

1  事実摘示二・1・(二)・(1)の主張について

本件支給は、本件管理職員に対し特別業務手当として各自一万六〇〇〇円を支給すべきものとする横浜市長の決定(以下「本件一律支給決定」という。)とこれに対する横浜市人事委員会の承認、右決定を執行するための市長の収入役に対する支出命令及びこれに基づく収入役の支払行為という一連の行為により給付が完了したものであるが、右のうち本件一律支給決定は行政処分の性質を有するものと認められるところ、右決定は本来市長に裁量権のないことが明白な事項についてなされたものであるから、無効であり、右決定によつて横浜市に控訴人らに対する各一万六〇〇〇円の特別業務手当債務が発生するいわれはない。本件支給につき市長の収入役に対する支出命令が形式的に適法に成立し、右支出命令に基づき収入役から控訴人らに対し手当金の支払がなされているとしても、右は、地方公共団体の内部の会計事務の適正を期するために設けられた出納手続に従つて支払事務が行われたことを意味するにすぎず、その支払の原因となつた横浜市の控訴人らに対する特別業務手当金債務が存在しない以上、控訴人らの本件支給に係る金員の受領が法律上の原因を欠くものであることは明らかである。

2  同(2)の主張について。

横浜市長が本件管理職員に対し本件一律支給を行つたのは、市長が職員団体との間に締結した協約の内容を実現するためにしたものである旨の控訴人らの主張事実は、これを認めるに足りる何らの証拠もなく、かえつて弁論の全趣旨及び前記四において認定した事実によれば、横浜市長は、職員団体との間に締結した協定に基づき一般職員に対し一律一万六〇〇〇円の超過勤務手当精算金を支給することとした際、これに便乗して、本件管理職員に対しても特別業務手当として本件一律支給をしたものであり、職員団体との間に締結した協定と本件一律支給とは何の関係もないことがうかがわれる。控訴人らの主張は、その前提を欠くものであつて、その余の点について判断するまでもなく失当である。

3  同(3)の主張について。

本件一律支給決定は本件給与条例に違反し、無効であるが、本件一律支給は、その動機、目的、態様、結果等において格別反倫理性を帯びているとも認められないから、控訴人らに対する本件支給は民法七〇八条の不法原因給付に当たらない。

4  同(4)の主張について。

横浜市が本件支給を実施した当時、支出命令権者たる市長又は支払担当者たる収入役において本件一律支給決定が違法無効で、横浜市の控訴人らに対する特別業務手当金債務が存在しないことを認識していた事実を認めるに足りる証拠はないので、本件支給は民法七〇五条の非債弁済に当たらない。

5  してみると、控訴人らは横浜市の損失により各自一万六〇〇〇円を不当に利得したものであつて、反証のない限り右利得は現存しているものと認められるので、右利得額を横浜市に対し返還すべき義務がある。

七控訴人らは、控訴人らに対する右不当利得返還請求権の行使は、信義則に反し許されないという。

しかし、本来支給を受ける権利のない手当金が誤つて支給された場合には、善意で受領したときであつても、利得の存する限度でこれを返還しなければならないのは当然であり、控訴人らにおいて右支給が適法有効であるとの信頼に基づいて他に何らかの行為をしたため、後日に至り右支給金を返還することとなつた場合にそれ以外にも多大の損害を被るというような特別の事情があるときは別として、そのような特別の事情があることにつき全く立証がない本件においては、控訴人らに対し右支給金の返還を求めることが信義則に反するものとは到底認め難い。

八最後に、控訴人らの相殺の主張について判断する。

本件給与条例一八条の二第四項、管理職手当規則四条、同規則別表第二によれば、控訴人らのごとく局長職にある者として給料月額の一〇〇分の二〇の支給割合による管理職手当の支給を受けている者には、本件給与条例一四条の規定は適用されないこととなつていることは既に述べたとおりであるが、地方公務員には労働基準法第四章の規定の適用があり、そのうち監督又は管理の地位にある者については、同法四一条により労働時間、休憩及び休日に関する同章の規定は適用が除外されているものの、同法三七条一項中の深夜労働の割増賃金に関する規定は依然として適用があるものと考えられる。

そこで、控訴人らは、本件給与条例一八条の二第四項の規定は、労働基準法三七条一項、四一条の規定に違反する限度で無効であるから、少なくとも深夜勤務に関する限り控訴人らにも同条例一四条の超過勤務手当の支給を受ける権利がある旨主張する。

しかし、本件給与条例一八条の二第一項によれば、管理職手当は、管理又は監督の地位にある職員に対し、その職の特殊性に基づき支給されるものであるところ、右手当の趣旨は、職務内容の特殊性(部下職員を指揮監督することにより担当業務の運営、管理を行う等の職務に困難性及び高度の責任が伴うこと)及び勤務形態の特殊性(しばしば正規の勤務時間外に勤務することがあり、その実績を時間で計測することが不適当であること)に着目して支給されるものと解され、このことと、管理職手当規則四条、同規則別表第二は、本件給与条例一八条の二第四項の例外として給料月額の一〇〇分の八の割合による管理職手当の支給を受けている係長、主査級の初級管理職については本件給与条例一四条の規定の適用を除外しないこととしているが、控訴人らの管理職手当の支給割合は前示のとおり一〇〇分の二〇と格段に高いことからすると、控訴人らに対し支給される管理職手当は深夜勤務に対する手当額も含んでいるものと解するのが相当である。したがつて、控訴人らが、その深夜勤務につき本件給与条例一四条所定の超過勤務(深夜勤務)手当又は労働基準法三七条一項所定の深夜割増賃金の支給を受けることは、控訴人らの受けている管理職手当と重複することとなるので、許されないものと解すべきであるから、本件給与条例一八条の二第四項が控訴人らのごとく局長職にある管理職に対し同条例一四条の適用を排除し、控訴人らの深夜の超過勤務について超過勤務(深夜勤務)手当を支給しないものと定めていることは、労働基準法三七条一項の規定に違反するものではない。

そうすると、控訴人らは、その主張に係る原判決別紙特別業務内訳記載の各深夜勤務につき、本件給与条例一四条の規定による深夜勤務手当請求権はもとより、労働基準法三七条一項の規定による深夜割増賃金請求権も有しないものといわなければならない。控訴人ら主張の相殺の抗弁は、その余の争点につき判断を加えるまでもなく、失当として排斥を免れないものである。

九以上説示のとおりであり、被控訴人の控訴人らに対する不当利得返還請求は理由があるから、これを認容すべきであり、これと同旨に出た原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。よつて、民事訴訟法三八四条により本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条、九四条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(吉江清景 近藤浩武 渡邉等)

別表1、2〈省略〉

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